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エトセトラ’s

2003/12/10 水曜日

昨日から

12月議会が始まりました。
過去2回は波乱含みだった序盤2日間ですが
今回はわりとスムーズに終了しました。

なので私の一般質問は少し早まり
あさって金曜日になりそうです。

2003/12/5 金曜日

本日

都市計画審議会がありました。
街づくりに相当な影響を及ぼす都市計画の変更。
なのに審議する時には、案はほぼ確定された状態で
意見は公聴会で聴いているから
(しかもその時意見は出なかったらしい)
本日は原案可決でお願いしますと。

じゃあ、市民代表・警察署長・消防署長
商工会長・学識経験者・議員が参加する意味は?
役所に悪気はないかもしれないが
誠意もない。

意見の反映を求めたら
「意見書は添付する」と。
今後、改善すべき点が、また一つ・・・。

2003/11/28 金曜日

一般質問原稿提出

12月議会は9日からです。
私の質問日は15日午後辺りになると思われます。

2003/8/8 金曜日

祈念日の被爆地を巡礼して

03年8月6日、私は被爆者でもある父の従兄弟と一緒に
広島平和記念公園に行った。

広島平和記念公園

今年の夏は梅雨が長かったせいか
照りつける太陽が例年より
一段強烈に感じられる。

集まってきた多くの人々の熱気で
さながら祭りのような
賑わいを見せている祈念公園。

その人いきれと喧騒の中で
私の親戚の言った言葉が耳に残る。

「被爆した多くの人にとっては、
今日は身内の誰かの命日じゃろ?

そっと家で冥福を祈りたい
そういう人も多いけん・・・」

公園の外では「小泉帰れ」のシュプレヒコール。
黙祷の間も残念ながらコールは続いた。

8月8日、原水禁の分科会を終え、
私は長崎市内のグラウンド・ゼロに行った。

グラウンド・ゼロ

1年程前、9月頃訪れた際はあまり人もいなかった広場に、
たくさんの客が来ていた。

普段見捨てられがちな場所が、
一年に一度、強烈な思いとともに
人々の視野に入る。

静けさを求める人へ敬意を
忘れてはならない。

が、それでも、
祈念日とそれに伴う喧騒は
なくてはならないものだと感じる。

この熱意こそ、風化を食い止め
将来につなぐ原動力となる。

旅行前は軽症だった足の擦り傷が
広島・長崎の日差しで膿んでしまった。
5㎝四方だけ無防備な神経が太陽に悲鳴を上げる。

当時の人々の痛みの針先ほどのほんの一端を体感し、心に刻む。

原爆で亡くなった人々の冥福を心より祈る。