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履歴書

2011/1/31 月曜日

小林知久の略歴

小林知久写真 小林 知久 (こばやしともひさ)  【政党無所属・33歳】

前東大和市議会議員(2期)、元議会広報委員長、元東京都市収益事業組合議会議長、NPO法人創造エンジン創設理事、元東大和青年会議所理事長、早稲田大学校友会東大和稲門会副幹事長、元新堀地区夏祭り副実行委員長、映画『人生ごっこ!?』企画プロデューサー、(公社)日本青年会議所東京ブロック協議会役員

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1977年(昭和52年)生まれ。大和八幡幼稚園・東大和一小・桐朋中学/高校をへて、1997年早稲田大学政治経済学部政治学科に入学。在学中は寄本勝美教授のもとで地方自治を専攻。在学中にヘルパー2級資格を取得し現場で働く。卒業後、フリーターの後、母と訪問介護事業所を設立。2003年東大和市議会議員選挙に立候補し、初当選(25歳・最年少)。2007年、2期目に当選。政党無所属の同僚と議会会派『政策の会』結成。2010年末、次期市長選挙に出馬を表明し、市議を辞職。

<趣味>読書(硬軟幅広く/活字中毒気味)、スポーツ(ゴルフを少々/最近野球・スノーボードはやれていません/サッカー観戦)、旅行(海外はバックパック系/国内は温泉が好き)・映画鑑賞(題名や役者名はあまり覚えられません)

<家族>未婚・一人暮らし。父(技術系会社員→定年)、母(主婦→会社経営)、弟(弁護士)、妹(会社員)、祖母。

 

2007/11/18 日曜日

2007年(平成19年)~ 街づくりの種が芽ばえ…


☆2007年 マニフェスト大賞ノミネート
議会報のリニューアルを評価され、最優秀成果賞にノミネートして頂きました。大賞は取れませんでしたが、全国の多くの応募から最終選考にノミネートでき、また、地味な実績に評価を頂いてとても嬉しく思いました。ちなみにこの年の“審査員特別賞”は話題の東国治宮崎県知事でした。

☆2008年 『東京紅茶・東京緑茶』発売
数年間温め続けていた『東京紅茶・東京緑茶』を商品化。創造エンジンより発売しました。農産品をブランド化していかなくては、東京の農業は生き残れせん。試行錯誤しながらですが、とにかくも発売!命名から企画・パッケージングまで私がプロデュース。商標は取れませんでしたが…。

☆2009年 東京都議会議員選挙公開討論会を運営
青年会議所の事業として行った公開討論会を運営しました。当日は300名近くに来場して頂き、都議選候補者の議論をご覧頂きました。

☆2009年 創造エンジンが『国際野外アート展 ArtPlant』実施
メキシコ・アイルランド・ブルガリアの海外作家を招き、また国内作家を15名・団体が参加する『ArtPlant』を開催。中心となったのは映画事業などから地域活動に参加してくれたスタッフをはじめとする、創造エンジンメンバー。国内外の老若男女が合わさった良い事業でした。

☆2010年 東大和青年会議所第24代理事長に就任
映画や討論会を実施していくなかで、徐々に運営の中心も担うようになり、2010年、理事長に就任いたしました。街を元気にするのは、ヨソモノ・バカモノ・ワカモノであるという気持ちで、わんぱく相撲や西武ラインズとの連携企画を実施します。

2007/4/30 月曜日

2007年(平成19年) 委員長と議長

 

☆議会広報委員長に就任 当時は議会報編集委員会という名称で、委員長在任中に議会広報委員会に名称変更されました。議会報のリニューアルなどを東大和市議会の他の議員からも評価して頂き、「そこは小林君だろ」という感じで推挙して頂きました。在任中に「議会議事録のHP掲載」などを実現できました。また、2市から議会広報についての視察を受けました。

☆東京都市収益事業組合議長に就任 収益事業とは、都内の8市が共同で運営する競輪事業のことです。8市の議員の方の中で議長をさせて頂いたのは非常にいい経験でした。結局、2010年3月の収益組合解散まで議長を3年間やらせて頂きました。

2007年(平成19年) 統一地方選・2期目に当選

2回目の選挙です。イベント運営に慣れたこともあり、一回目のようにバタバタすることなく終えることが出来ました。また、皆さまのおかげで無事当選させて頂きました。本当にありがとうございました。 

 

実は、市議の選挙の時に一番あたたかい聴衆は小学生。面白がって絡みに来てくれます。冷やかし半分でも、票なんかもってなくとも、それでも嬉しいものなのです。 市議選なんて地味なものです…。

2005/12/18 日曜日

2005年(平成17年)~ 街づくりプロデューサーとして


☆2003年 新堀夏祭りを立ち上げ
東大和第3小で行う夏祭りを企画・実行。自治会長・PTA会長・青少年対策第三地区委員会・そして校長・副校長と連携し、『地域みんなが顔を合わせる』ことを目指し実行委員会を組織。結果、毎年2000人近くに集まって頂く祭となりました。
☆2005年 NPO法人創造エンジン設立
芸術振興・起業支援・街づくりのNPOを友人と設立。夏祭りや選挙で同世代の友人に手伝ってもらっていたので、そのグループをまとめお互いの夢ややりたいことにノウハウを提供し合い助け合うための場としてのNPOを目指しました。美大卒の友人を理事長に、私は運営実務を担当する副理事長に。
☆2006年 映画「人生ごっこ!?」製作統括
青年会議所20周年実行委員長として、「東大和映画まつりAction!!」を企画・運営。その目玉事業の“住民参加でつくる映画『人生ごっこ!?』”においては、製作統括として現場を指揮しました。また、事務局に創造エンジンをつけ、その活動ノウハウをNPOとして継承をはかりました。

2003/4/18 金曜日

2003年(平成15年) 統一地方選に立候補・最年少当選(25歳)

 

東大和市議会議員選挙に無所属で立候補し、1291票を頂き初当選。最年少の25歳でした。

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2001/8/18 土曜日

2001年(平成13年)~ 福祉の現場&フリーター&起業

☆ヘルパー2級を取得
母親がヘルパーだったこともあり、2001年、大学在学中に資格を取得。主に全身性の障害をお持ちの方のところへ伺いました。若い男には体力勝負の現場や夜間の現場が回ってくることが多いのですが、非常にいい経験でした。

☆様々なバイトでくいつなぐ
議員として立候補する気持ちを固め、大学卒業後、ヘルパー・回転ずし・カード会社営業などのアルバイトをしました。貧しかったけど、好き友人に囲まれ楽しい日々でした。

☆ヘルパー派遣会社を設立
2002年夏ごろ、福祉の理想が今の職場では実現しづらいことに悩む母に、「自分で会社つくれば?手伝うよ」と背中を押し起業しました。母が社長で現場・営業面を担当し、私が法人設立・許認可・総務・運営実務を担当しました。会社立ち上げから軌道に乗せるまでの約半年の経験は、私にとって非常にいい勉強となりました。

1997/4/15 火曜日

1997年(平成9年) 早稲田大学入学

高校卒業後、駿台予備校(お茶の水)で1年間浪人したのち、早稲田に合格。
政治経済学部政治学科に在籍し、寄本勝美教授のもとで地方自治を専攻しました。

ベルリンの壁崩壊以降の90年代の世界の革命の時期に少年時代を送ったこともあり、高校3年生までは“外交官”が憧れの職業でした。受験では政治学科か国際関係学科を受けました。

学生時代は、バイトに明け暮れては、国内外の旅行に行く日々で、台湾・アメリカ(NY・ロス・ワシントン・ラスベガス)、タイ、カンボジア、マレーシア、インドネシア、シンガポールなどにバックパック背負って行きましし、国内ではオンボロ車で全国各地を旅していました。 

国内では、野球サークル・ゼミ仲間・バイト仲間とありったけ自由を満喫していました。ちなみにこの時期は体重の増減が激しく、75kg~56kgで揺れ動いていました…